置賜の豪雪と歴史

厳しい冬のつかの間の晴れ間。置賜地方は山形県の中でも指折りの豪雪地帯です。

生まれも育ちも都会っ子の私には、じっと耐え忍ぶ冬籠りは苦手ですが、置賜で生まれ育った義父も妻も、その忍耐力、黙々と仕事を続けていく持続力には畏敬の念すら覚えます^^

外資企業を転々と渡り歩いた(さまよった!?)私のような傍からみると地に足がついていないように見える人間は、東北の厳しい自然で暮らしている忍耐強い方々には軟弱に思われることも多々あると思います。

私は無類の歴史オタクで、戦国時代はもちろん大好物ですが、飯豊町の添川地区(万宝院ファームのある椿地区の隣)には、なんとあの直江兼続直系の子孫の樋口家が20数代を営み今なお在地してます。

昨年、私は椿地区の獅子舞祭りに参加したのですが、神社での奉納時に年代物の奉納額を目にし、お祭りに参加している方々の江戸初期から昭和期までの先祖の名前が記載されており、年配の方にどのような経緯を辿ってここで稲作を続けているのか、興味津々尋ねてしまいました。

獅子舞祭り

どうやら椿地区の稲作農家の何軒かは、もともと越後の農民だったのが、豊臣秀吉により上杉家が越後から会津・米沢・出羽・庄内へ移封になった際に、ともに付き従ってこの地区に定住したようです。

置賜は上杉景勝の家臣、直江兼続が治めており、関ヶ原の戦いで西軍に属した上杉家が米沢30万石へ減封されたことは周知のことですが、直江兼続の血統がこの飯豊町で連綿と続いていることは感慨深いです。

豪雪に耐え抜く粘り強さ、戦国最強武将の一人、上杉謙信の薫陶を色濃く残す置賜地方。この地域で稲作農家を受け継ぐことに不思議な縁を感じつつ、地に足つけて美味しいお米を作って、PRと販売に力を入れていきます。

春はまだまだ先ですね。

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